「アリカショウ」通信(4)
大原大次郎さんの「文字」と「行為」

 「This is ARICA Show!!」の企画会議が始まり、ワークショップのゲストを誰にするか、という話になった際に、すぐにグラフィックデザイナーである大原大次郎さんの名前が浮かんだ。
 今まで公演を主な活動としてきたARICAにとって、インド、ケララで行った以外はほとんどワークショップの経験がなかったし、何かお手本になるようなことを示して、模倣してもらうなんてことはできるわけがないので(あんなハードで、奇怪で、教訓がなくて、切実な行為ができるのは安藤朋子だけだ)、参加者同様、ARICA自身がその行為や空間にコミットしていくことができるようなゲストを呼んでみたかった。

 以前から大原さんの仕事を知っていたけれど、しっかり話したのは、共通の知人で音楽家の蓮沼執太さんが企画したトークショーに一緒に参加した5月のことだった。それまで、彼がパーソナルワークとして制作している文字の冊子『MOZINE』やminä perhonenのシーズンカタログ『紋黄蝶』などの仕事振りを拝見していて、彼の書く「文字」に興味があった。私のような平凡なデザイナーが、既製の書体を選び、紙の上に定着させたりするのとは異なり、彼が書く「文字」には、骨や石を並べて文字を作ったり、砂浜に文字を描いたりする(正確に言うと、たまたま置かれた骨や石、風や動物の脚の痕跡が、たまたま文字に見えたりする)ような、今ここに風景としてあっても、そのうち消えてなくなることが予め決まっている「気配」と「時間」を感じた。
 しかし、大原さんと参加したトークショーで、彼がずっと行っているワークショップとその事例を目の当たりにして、彼にとって重要なのは成果物としての「文字」ではなく、そのプロセス、つまり「書く」「描く」行為と、そこに付随する運動=「見る」ことなのだと思い直した。

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長い柄の先にペンを付けて書いてみる(ツールを変えてみよう)


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鏡を見ながら書いてみる(環境を変えてみよう)


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目をつぶっている人に、言葉で誘導して文字を書く(方法を変えてみよう)

川口メディアセブンにて行われた小学生とのワークショップ「ぐうぜんと文字」より


 私が感動するのは、彼の(あるいは、ワークショップに参加した人の)「書く」文字が'、表現や視覚的な面白さから遠く離れて(場合によっては「文字」の持つ意味からも解放されて)、大原さん(か、誰か)が書いたという事実だけを痕跡として提示しながら、そこにあることだ。
 おそらく、AIRCAも結成当初からそのことを考えてきたと思う。ストーリーやきっかけを持たずに人がそこにいるとはどういうことか。ARICAが、稼働する装置とそれにまつわる実務をこなさなければならなかったのには、理由も意味もない"かけがえのなさ"を獲得するためだったかもしれない。

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10月初旬に行った大原さんとの打ち合わせ


 ゲストに大原さんを迎えることになり、ちょうど吉祥寺美術館で参加されていた展覧会「もじモジ文字」を観て、演出の藤田も、パーフォーマーの安藤も大いに大原さんに興味を持ったようだった。
 10月の初旬、大原さんと初顔合わせをする。大原さんが今まで行ったワークショップをスライドで見せてくれて、興奮した。「書く」「描く」ことの「方法」「ツール」「環境」に「変化」を与えることで、「書く」「描く」行為に必ず捉え難くまつわる規定から解放されていると感じた。大原さんの生み出す「変化」は、ARICAにどんな「変容」をもたらすだろうか。

 ワークショップのタイトルは「文字屋台 フルコース」に決まっている。

(Reported by 須山悠里)