ARICAのグラフィックデザインを担当する須山悠里が、現在MOTコレクション第2部で特集展示を行っている金氏徹平さんとのトークイベントに参加します!
お見逃しなく!

MOTコレクション第2部                    
「つくる、つかう、つかまえる ー いくつかの彫刻から」出品作家によるトークイベント
2014年1月12日(日)15時~16時
対談|金氏徹平×須山悠里
会場|東京都現代美術館地下2階講堂

詳細はこちら

満員御礼、初日あきました! オールスタッフ!!


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From 金氏徹平
「意味のあるものから意味を取り除き、意味のないものに意味を持たせる。ゴミという着想から、単純なゴミではなく、構築的に組まれているものか、ゴミのように積もっていったものなのか、その間をイメージした。
積み上げていっているのか、崩れていっているのかわからない、その中間にあるような固まり、山を目指してつくった。今回、2トントラック1台分の雑多な素材を用意。形の関連性を見つけたり、そういうもののパーツとして成り立つか、構築物として建築的な規模なので、強度を持たせるためにどう組み上げていくか。
この作品は、音楽的な要素も強くあるので、安藤さんが座っている巨大なドラムセット、あるいは半分衣装にも見えるような...」(金氏徹平)


よく見たら、以前に美術館などで作品として発表された金氏作品がパーツとなって溶け込んでいます! なんて贅沢な舞台美術なんだ!


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金氏さんが1時間遅刻、演出の藤田がケータリングのコーヒーをぶちまける。
そんなくらいのアクシデントで済んだ仕込み1日目。
金氏徹平にしか出来ないARICA「しあわせな日々」の舞台美術。必見です!


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10月5日@にしすがも創造舎


今日は制作・スッチー(須知さん)が珍しく不在。本番で配布するパンフレット作成で自宅のPCにへばりついているよう。いつも食い入りように稽古を見ているスッチーがいないのは、ちょっと淋しい。というか、こんなに稽古に付き合う制作って、いるの?ものすごいエネルギーに私も先導されています。いつもの稽古場日誌報告者の彼女に代わり、安藤が書きます。
 

今日はインドからのお客さんがありました。Amitesh Grover (アミテシュ・グローヴァー)さん、パフォーマンス作家でインターメディア・アーティスト、インド国立演劇大学助教授ということです。
東京文化発信プロジェクトの国際招聘プログラムにて来日中の方で、私たちARICAの「KIOSK」ニューデリー公演(2010)を観て、是非コンタクトをとりたいということでした。残念ながら7日に帰国するので、「しあわせな日々」本番はご覧になれないとのこと、ランスルーを観ていただきました。なんと「とてもよかった」とのこと。たぶん、外国の方なので、私の日本語の下手なセリフはばれなかったのかも。
 

それにしてもARICAはインドとのつながりが強くなっています。
「しあわせな日々」名古屋公演が終わると、すぐにインドの女優ジョディ・ドグラさんとの共同作業が始まります。
セゾン文化財団レジデンスアーティストとして、来日。彼女もARICAの「KIOSK」ニューデリー公演を観て、ぜひ共同作業をしたいと申し入れがあり、お引き受けしました。今回は1ヶ月の東京滞在ですが、何年かに渡り共同作業を続けて、作品化できたらいいなぁと思っています。
ちなみに、彼女のパーフォーマンスが10月18日19時より、森下スタジオであります。詳しくはセゾン文化財団ホームページで。インドのアヴァンギャルド実力派女優さんです。ご興味ある方はぜひ。


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今回「しあわせな日々」でお世話になった巣鴨を後にするとき、感慨深いものがありました。
ここではいろんなグループが稽古をしています。よそのリハーサル室から聴こえてくる俳優さんたちの声を耳にするたび、「なんてうまいんだ」とうらやましく思ったものです。
私は何年やってもうまくなれない...。落ち込む、どころではなく「絶望の日々」でした。
初日を迎えられるかどうか、まだ恐怖のどん底ですが...。
ヘタな役者の「しあわせな日々」...、いまの私の力を尽くすのみ。

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以前、藤田さんのtwitterがまだ稼動していた頃、ストローを笛のように吹きながら、そのストローを鋏で少しずつ短くし音程を変えていく、奇妙な奏者の映像を藤田さんがツイートした際に、イトケンさんが「俺の尊敬する人だ!」とすぐさま反応していたのを思い出します。(須山悠里談)


福岡:はじめてみたARICAの作品は『house = woman』なんですけど、ソファから手が出てくるやつ。手とか身体がね、ソファに入ってくる。非常におもしろいなと思いました。非常に、抑制のきいた大人っぽいテイスト。(笑)あんまりチャラチャラしてない感じで。


藤田:有り難うございます。


福岡:最新の音とか、機械仕掛けなんかも非常におもしろいんですけど、ARICAを観ていて、そんなに最新の音、それこそメディアアート的なものをすぐに使うようなことはしていなかった。
僕は、シンガポールの演出家のオン・ケンセン(Ong Keng Sen)と10何年、一緒に活動をしていて、その音響の人が日本贔屓で時々日本に来ていて、イトケンが出ていた『恋は闇』にも、その音響の人とそのまわりのアーティスト、esplanadeの関係の人たちを連れて観に行きました。
* esplanade――エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイ。シンガポールにある総合芸術文化施設。オペラ、バレエ、ミュージカル、演劇、管弦楽、室内楽、伝統音楽などの各種公演が開催されている。(ウィキペディア)】


イトケン:その前の年、僕はそのesplanadeのフェスティバルに出ていて、お世話になったんですよ。すごい偶然でしたね。


福岡:うん。そんなこんなで、今度ARICAに出てくれみたいな話になって。え?みたいな。それも「いや、音楽じゃなくて、役者で」って。あれ?って話で(笑)。へい。え? ワタシが?って。


藤田:そう。実は、音楽家としての福岡さんを知らなくてライブも一度も見たことがなかった。今回はイトケンさんに音楽を頼む、ということが決まっていた中で、もう一人男性の出演者が1人欲しかった。声が欲しい。今回出番はすごく少ないんだけど、声と舞台上の佇まいということを考えた。もちろんプロの俳優も考えたし、ダンサーとかも考えて、安藤さんともいろいろ相談したんですけど。僕は日本の音楽はあまり聴いていなくって、もちろんPINKの名前は知っていたんですけど、PINK時代の福岡さんのことは知らなかった。


福岡:藤田さん、洋楽マニアですからね? 基本的に。ま、私もそうですけどね。(笑)


藤田:洋楽はたくさん聴いているんだけど、日本なんてどうせ洋楽のコピーだろ?みたいな。(笑)


福岡:まあ、そうです。(一同笑)


藤田:連れ合いはすごいPINKのファンだったって言うし、P-MODELとかあのへんのニューウェーブの音楽をよく聴いていたんだけど、ふうん、みたいな。実際PINKのCDってずっと手に入らなくて、聴く機会がなかったんですよ。でも、福岡さんがARICAを観に来てくれて、一緒に食事をしたり話をしたりして、すごくおもしろい人だと思った。まずね、人に惚れたんですよ。この人好きだなーって。
で、どうして福岡さんだったのか? キャスティングを悩んでいるうちに福岡さんの名前が浮上してきて、そうだ!福岡さんいいじゃん!  声もいいし、ミュージシャンだし。彼が舞台に立っている姿を想像すると、バッチリじゃん!って。それで、福岡さんにお声をかけたら、「じゃあ、やります」って言ってくださった。その後に、今や伝説的な福岡さんのバンドPINKの「PINK BOX」っていう7枚組のCDがタイムリーに発売されて、その他にも彼のPINK解散以降の音楽もCDを何枚も出ていて、それをほぼ全部...聞いた。


福岡:ええ?? 全部持ってないでしょ???


藤田:ぜんぶ、持ってますよ。ほぼ、買いました。


福岡:いやーそれはマズイですよー。まあ、メジャー系で出したのは、もうしょうがないですけど。


藤田:えっと、それは、意味わからない。メジャーでないマイナー系?ってあるんですか?


福岡:インディーズ。


藤田:うわ。それちょっと、貸してくださいよ。


福岡:いやっ、そんな、あまりないですけど...。メジャー系はやっぱりアレだな。そういう時代とはいえ、あの時代、2000年からちょっと、テレビタイアップのある曲だとか、そういうもんじゃないとなかなか作れなかった。好き勝手にはつくらせてくれないんですよ。


藤田:でも「YEN calling DOCUMENTA」とか、いいじゃないですか。
* 「YEN calling DOCUMENTA」は、ギターリスト鬼努無月との即興演奏をあつめたアルバム。藤田の愛聴盤。 
福岡はヴォーカル・インプロビゼーションをソロやセッションで行い、それを「YEN calling 」と呼んでいる。また、福岡の印象的なヴォイスがいつまでも耳に残る「NS2000」は、2000年1月~2002年3月、テレビ朝日系「ニュースステーション」のテーマ曲としてあまりに有名。


福岡:「YEN calling」は、だからやっとですよ。あれ、一発撮りなんですよ。


藤田:素晴らしいです。で、それを聴いていて、PINK時代は過去のことだからって福岡さんは言うんですけど、もちろん今もその素晴らしさが継続しているんですよ。PINKっていうのは80年代の前半?後半だっけ??


福岡:...中盤...?


藤田:...(笑)。80年代中盤くらいの曲なんですけど、今もすごくマニアがいて、あのバンドはすごかったと。確かに今でも、その音楽を聴くと、ものすごくハイレベルなんですよ。ポップ? ロックなんだけど、イギリスの当時のロックの反骨さに対して、福岡さんが中心メンバーで、歌詞を書き、作曲をし、あるいは吉田美奈子さんっていう有名な歌手がいるけど、その人が歌詞を提供したりしていましたね。


福岡:イギリス系のバンドがなかったね。どっちかっていうとアメリカ系、YMOとかあのあたりも。細野さんもニューオリンズだとか、あっち系じゃない。


藤田:そうそうそう。アメリカンポップス。


福岡:アメリカンポップスって言えば、達郎さんもそうだし。あの世代の人はみんなそうなんだよ。イギリス系が本当にいなかったんですよ。


藤田:サディスティック・ミカ・バンドとか?


福岡:サディスティック・ミカ・バンドもパンクか? やっぱりね、アメリカ文化なんですよ。


イトケン:MELONとかあのへんからですか?


福岡:MELONはイギリス系って言っても、ニューウェーブ以降でしょ。だからあるとしたら全然違うけど、プログレとかさ。プログレって言っても、四人囃子くらいしか思いつかない。


イトケン:美狂乱とか?


福岡:美狂乱?? あ? それマイナーすぎるでしょ。そこまで古くないでしょ。だから四人囃子のあたり。俺らの前の世代、細野さんとか、あの世代では、やっぱりいなかったんだよね。あんまり覚えがない。ツェッペリン系...いたっけ? ツェッペリン系も、あんまりないよね。まあ、いても、あ、これはめちゃくちゃ古い話だよ? あの、フラワー・トラベリンとかなんとか...さ(笑)、その時代だよね。まあそんな話はよそう。日本ロック史みたいになっちゃうから(笑)。だから本当に少なかったんですよ、そういう意味では。


藤田:とにかく非常に日本においてユニークな、でも日本的なある種の屈折もあるので世界においても、PINKは非常にユニークなポップバンドなんですよ。そこで福岡さんは、メインボーカルで作曲もしていて抜群に歌がうまいわけ。それにちょっと度肝を抜かれて、こんな人にこんなことやらせていいんだろうか...って、後でちょっと反省したんです。
福岡さんは今もボーカリストとして、"歌詞を歌わない歌"を歌っていますけど、非常にユニークな活動を続けていて、先日、遅まきながら、はじめて福岡さんのライブに行ったのですけど、とにかく、非常に素晴らしいミュージシャンです。なのに、こういう、その...素晴らしいキャラクターで...こんな偉いのに。ほんとは偉いんだよ! こんなだけど。(どんなだ!?)


福岡:シンバル奏者です。今回はシンバル奏者ですから。もう、流れを止めちゃうシンバル奏者です。
僕、あれですよ、芝居って小学校の学芸会以来ですよ? さっき言ったケンセンのやつは、舞台の端に立って音楽をやっているわけですよ。それはいいんですよ、音楽家としてだから。で、時々芝居の音楽とかやるじゃないですか。俳優ってよくこんなことができるなって思って(笑)。
イトケンもそう思ってるでしょ?


イトケン:いやあ、ほんとに(笑)。テキストの脳ミソがまったくないんですよ、ミュージシャンには。


福岡:まず覚えるっていうのがね。


イトケン:でも福岡さんは歌を歌う人だから。歌詞があるから。


福岡:ないないないないない! だから歌手やめたんだから(一同笑)。それがもう嫌で、歌詞を歌わなくなった人なんですから!

安藤:私もやめたいよ、もう、このセリフ...(笑)。もう役者やめるよ、もう(笑)。


福岡:ARICAって実は今までの作品は、そんなにセリフがあるものでもなかったんですよね? すごく抽象的なもので、且つ、ダンスでもない。間と、日本の"能"的な静かな面白さがあるね。


藤田:今まではそうだった。でも今回はちょっと特別で。いろんな事情があってこれをやることになって。もちろん僕はベケットが好きだからこれをやるのはうれしいことだし、ずっとやりたかった戯曲だから。


福岡:え? やりたかったんですか??


藤田:やりたかった。


安藤:藤田さんはね。


藤田:僕はね(笑)。でも、これは大変だからそんなに簡単にできないよって言ったんだけど、安藤さんが、「いやあ、やるよ」って言った。


安藤:それはあんまり考えてなくて。あんまり知らなかったからだよ。


藤田:僕は大変さを知っていたから、これは半年とか1年弱で作れるものじゃないって。でもまあ、すばらしい作品になるはずなんでいいんですけど。
今までのARICAは、音楽と、身体と、あるポエティックな言葉、っていうので作品をつくってきて、今後もつくりたいっていう気持ちはあるので、だから次の作品は反動で、ほとんどセリフがないとか、歌だけとか、そういう可能性になる気がしているんですけど...。


安藤:福岡さんは、今は古代史研究の専門で...?


福岡:古代史研究って、そんな言い方したら、この人どんな人だろうって全然わからなくなるでしょう?(笑) ロックバンドやって、古代史研究やってって...


藤田:だって国から助成金もらって論文書くんですよね?


福岡:国じゃないですよ、県ですよ。奈良県です。


藤田:県か。奈良県から助成がおりて、しばらく古代音楽とトランスって研究をするなんて。とにかく、人として素晴らしいんです。あぁ、「しあわせな日々」ってなんて音楽的に贅沢なんだろう。


福岡:でも、いわゆる音楽・音楽しているわけではない。まったくしていない。(笑)ほとんど安藤さんのモノローグ中心ですからね。


藤田:もちろん声が中心なんですけど、声と音っていう問題。声って音だからね。それをどうやって新しい響きを響かせることができるかが、大雑把に言えばテーマなんですよ。それにイトケンさんのサウンドデザインと、福岡さんの声と。これからの稽古で多分福岡さんは裏で歌う、セッションするはずなんですけど、それを望んでるんですけど。福岡さんは歌も素晴らしいんだけど、それだけではなくて空間をつくっていくような声を、どうやって出してくるのかなっていう期待があります。それでまたこの作品の後にも、福岡さんの歌と、あるいはイトケンさんの音響デザインと、安藤さんの身体だけでできるような舞台をつくってみたいんです。協力してください。


福岡:は?


藤田:今度は福岡さんに歌を歌ってほしいんですよ!!


福岡:あのさあ、まあ、そりゃいいんですよ。いいんですけど、僕はねえ、一応作曲家なんですよ、そこをはっきりしておかないと。僕ねえ、PINKの時も歌、歌って言われているけど、ようするに報酬はねえ、歌じゃあんまり食えないですからね(一同笑)。いちおう作曲家で食ってるわけですよ。歌だけかなって思われてますけどねえ、僕は作曲家ってことで。そこははっきりさせておきたいな。

藤田:「イトケンさんしかいないと思う」と言われたんです、船橋さんに。
舩橋陽さん(ソプラノサックス奏者、大橋可也&ダンサーズ等で音楽を担当。ARICAの音楽をずっとやっている猿山修の友人であり、10年来、ARICAの作品を観てくれている方)に、とある公演であった時に僕が「実は『恋は闇』という舞台作品でドラマーを探してるんだ、素人でも学生でもよくて上手くなくてもいいんだけどさ。ARICAの仕事を面白ろがってくれてセンスが良い人知りませんか?」という話をしたんですね。
そしたら、彼はすごくまじめな人で2日くらい考えて、長文のメールをくれて。


イトケン:上手くなくてよかったんだ(笑)


藤田:いやいや、その、スミマセン。僕は知らなかったんですよ、イトケンさんのことを。
どうも学生ではない、というかむしろプロフェッショナルな人みたいだぞ。そりゃあ引き受けてくれたらすごいけど...。
猿山からは、「彼はドラムうまいし、そりゃ実現したらすごくいいと思うけど、忙しいんじゃないの?」って。でもまあ一度聞いてみよう、スケジュールだけでも、から始まったんだよね。そうしたら意外にスケジュールはなんとか調整できそうだ、じゃあ一度話をしましょうってなって。でもなかなか会えなかった。


イトケン:一回、ARICAの公演(『LOVE GAME LOVE』)に来てくださいという話も出たけどそれもうまく調整できなかった。


藤田:今までARICAは、猿山修のコントラバス、ヴィオラ・ダ・ガンバ、あるいは高橋永二郎のギター、というように弦が中心だったんですね。それにエフェクトをかけたりしてリズムを出したりしていたんですけども、「恋は闇」ではドラムが欲しかったんですよ。ロックっぽい舞台にしたかった。
その後いよいよ決めなくてはいけないって時に、イトケンさんに稽古場に来てもらったんだよね。話をしてみて、我々にとって感覚が合わない人だったら...という怖さもあった。うまいだけの人はたくさんいるのだろうけど、4ビート、8ビート、16ビート、変拍子...をただ叩ければいいって話でもないから。


安藤:そう。それで会うだけ会ってみようって思っていたら、いっぺんに私たちがイトケンさんのことを気に入っちゃって!


藤田:そうそう。でも、お金ないしな〜、高い人頼めないしな~。でも僕たちの望みは高いしな〜っていう我が儘もある。いや、やっぱり無理だよ、無理だよ、って。


安藤:それでも絶対にイトケンさんにやってもらいたい!って思った。


藤田:そう。なんか「こういうことを考えている」「なるほどね」って。その時すでにいろんなアイデアを出してくれて。イトケンさんはドラマーなんだけど、ドラムを叩くだけではなくて、音に対する好奇心や感覚がすごくあるのが、話しているだけでもわかったんですよ。これはぜひお願いしたいとなって。こんな安いギャラですみません、だけど。それでも引き受けてくれて。


安藤:「お願いしたい、どうしても!」って。


藤田:実際やってみたら、やっぱりすごくおもしろかった! 稽古していてもちろんドラムも叩いてもらったんだけど、それだけではなくて、いろんなサウンドデザインみたいなアイデアも出してくれた。
僕にとってみれば、音に関してはツーカーだったんですよ。それで、『恋は闇』はARICAの音楽劇としては、いいものができたという手応えが僕にはあった。安藤さんにも、スピーカーを被って歌ってもらったりしたし(笑)。猿山や高橋もとてもがんばってくれて、すごい楽しかった。


イトケン:それは良かった。


藤田:公演中に雑談をしていたら、実はイトケンさんはレコメン系アーティストだったんですよ~。(藤田、至福の笑み)
*【レコメン系――1978年にHENRY COWのChris Cuklerが創立した、Recommended Records周辺で活動したミュージシャンたちの音楽的傾向を表す。70年代後半、まもなくバンドとしての終焉を迎えるヘンリー・カウが解散直前に立ち上げた、反体制ロック<Rock in Opposition(RIO)>運動。日に日に商業化し自我を失っていく「やらされてる感」丸出しのロックに絶縁状を叩きつけ、ロックが本来持っていた「反抗心」「カウンターカルチャー」としての側面の復興を掲げたこのRIO運動には、ヘンリー・カウの呼びかけに応じたアヴァンギャルドなミュージシャンたちが国を超えて集った。


イトケン:レコメン系アーティストと海外でもライブをしてきました。


藤田:あまりポピュラーではないし、すごいマニアックな話なので、ヘンリー・カウの名前を言っても話せる人なんて僕の周りにはあまりいなかった。ヘンリー・ カウの話ができることだけでも、レコメン系の話が通じるだけでもびっくりしたのに、それが通じるだけでなくて、ミュージシャンとして彼らと関わりを持っていたなんて!! それで僕は、今まで"イトケン"の名前を知らなかったことを、恥ずかしく思ったんです。(藤田、大興奮)


イトケン:そんな大げさな。(笑)


藤田:イトケンさんの稽古場や現場の佇まいっていうのが、非常にいいんですよ。なんかこう、入り込みすぎず、かといってそんなにクールでもなく。やっぱりプロフェッショナルな感じなんですよ。俺はうまいんだぞって主張するわけじゃないんだけど、音に対して非常に的確で、あるいは音だけじゃなくて舞台に対して、非常に重要なものをつくるときの向き合い方がいいなあ、と思って。それで僕は勝手に、イトケンさんをARICAのメンバーだと思っています。勝手にね。


安藤:そうそう。


藤田:『恋は闇』では、イトケンさんはドラマー+ミュージシャンとして引っ張ってくれたんですけど、彼のサウンドクリエイション、つまり僕の好みであるレコメン系アーティストとしての音楽的な志向性で、「しあわせな日々」のサウンドデザインしたい。音響的な技術の引き出しの多さやセンスのからして、やっぱりイトケンさんしかいないな、と思ったわけです。


イトケン:ARICAはいろいろな許容量が広いんで。何をしても許されるのに、何をしても許されるようなことをしないと許されないというのがあるので(笑)、とてもやりがいがあります。「あ、そこに?そうくるんだ」とか「そ、それをやるんですね...」みたいなリクエストとか、毎回、家に帰ってから「どうしようかな~」とか思ってやっています。
「恋は闇」のときの"スピーカーのヘルメット脱げなかった事件"ありましたね。安藤さんがカッターを出してきたっていう。あれはすごかったな。


藤田:スピーカーが仕込まれた箱形の被り物を高橋永二郎が作ってくれて、それを被っていた安藤さんが脱ぐんだけど、紐がひっかかっちゃって脱げなくなったんだよね。それで「やべえ」って思ったんだけど、安藤さんはその公演の日だけ、念のためにカッターを忍ばせていた。もう脱げないっていう状態は観客に見えていて、どうしよう、これ、どうすんだ?っていう状況で。誰か、康郎(舞台監督)が出てきて取らなきゃダメなのか?っていうところで。


イトケン:あの時は、とにかくドラム叩き続けた。


安藤:でも康郎はその直前にひとつトラブルを解決した後だったんで、そんなことが起こっているなんて気づいてなくて、全然助けに来てくれなかったの。


藤田:やべえ、康郎、康郎、何とかしてと念じてたら、朋子さんが懐からナイフを出してきて、まるで割腹するみたいに紐をバシッて切って。そこで演奏がバチッて止まって!!かっちょいー。(またも藤田、大興奮!)


安藤:何でだろ? あの日だけ、たまたまカッターを持ってたの。


イトケン:たまたま持っていた日にあれが起こるのがすごい。


藤田:みんなに言われたよ、あれは演出なんですか? すごいシーンでしたよねって(笑)。心中の話だから、そこでナイフ持って首を切るかのごとく取るっていうのは、非常に意味ありげなんですよ。


イトケン:演劇はテキストがとにかく多いんで、それも難しいです。音楽の仕事でも歌詞きっかけとかそういうのはあるんで、歌詞を聴いてはいるんですけど、それとは比にならないほどの情報量なので。緊張するというか。あれ?って思った瞬間に、どこに行っているかわからなくなる(笑)。これはちょっとね。本番どうなるのか...。


藤田:しかも変わるしね。


イトケン:そう、変わるし。あれ?行っちゃったけど・・って思ったら、戻ったりしてるし。


安藤:気をつけまーす。


イトケン:何回か通して、クセをつかんでいかないと。こう行ったら戻るんだ、とか。インプロとは言語がちょっと違う気がするんですよね。インプロでやると多分何かあったら、それたほうで終始しようとするんですけど、演劇では、それたままにはできないじゃないですか。また戻ってこなきゃいけないんだけど、その戻り加減が難しい。


藤田:うん。タイミングとかね。


イトケン:そこがまだタイム感としてつかめてないような気がします。


藤田:そこが難しいんだよ。


イトケン:音出してごまかすってわけにもいかないし。ましてや今回はテキストがメインの作品ですからね。


藤田:まあ、待つ、って感じかな。待ってタイミングをはかるって感じかな。


イトケン:そうですね。すごい無音だなーと思ったら、いちおう俺も、何か音が出るように用意しておこうかな、と。


藤田:うん、それでいいと思う。実際、猿山とやっている時も、やっぱり途中で止まっちゃうというか、それは安藤さんのせいではなくね。たとえば、さっきの『恋は闇』の時のアクシデントみたいに仕掛けがうまく可動しなくて展開しなくなっちゃうとか。そういう時に音で時間をつくっていくということはあるんですよね。何が起こるかわかんないんだよね。何があっても、そういう時間なんだなーって。シーンは動いていないけれど音がガーッて鳴っていたり。全てライブなんだよね。


イトケン:今回の舞台もいろいろありそうですよね。


安藤朋子 後日談
「恋は闇」でドラマーを探していたのですが、イトケンさんをある方から紹介してもらって、はじめてお会いすることになりました。いくらドラムがうまくても、イトケンさんはどんな人かわからないので、「今日絶対即決しないでおこう」と藤田さんと口約束していたのに、会って、一言二言話しただけで、藤田さんは「もうこの人しかない」と決めてしまったみたいです。もちろん私も。ほんとに不思議な人に出会えた、という狐につままれたような感じを覚えています。
たいてい私は、毎日稽古場に一番に乗り込むのですが、イトケンさんも入りが早く、彼はウォーミングアップのため、ドラムをたたき始めます。その音がとてもよくて、私もウォーミングしているのですが、ずいぶん刺激され、打ち合わせとかなんとかじゃなくて、自然に場面ができてゆきました。

10/2@にしすがも創造舎
制作:おはようございます。今日の通しは16時~になりましたが、仕込みの確認などもあるので、予定通り15時には稽古場にお越しいただけると助かります。
金氏:17時過ぎには稽古場を出ないといけないのですが、16時スタートだと全部は見れないかんじですよね?
制作:(えぇっ...)金氏さんには仕掛けの関係で、最後まで見てもらいたいので、じゃぁ14時に来れますか?
金氏:今すぐ(京都を)出て14時過ぎくらい着です。
制作:今すぐ出て、14時すぎに来て下さい!


今朝9時に交わしたやりとりである。金氏さんに今すぐ、家を出てと言い放つ乱暴な制作。
そして、金氏さんは、マジかよ?とは言わず、本当に14時過ぎに来てくれたのである。
その上、「お疲れさまです」と稽古場のドアを開けた途端、舞台監督の鈴木は、一言の挨拶もなく、「徹平さ、美術仕込むの、どのくらい時間かかるの?」と打ち合わせは始まっていた。
ARICAって体育会系だったっけ?


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